となみチューリップフェア(富山県砺波市)
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野球部優勝祝賀会
(大学・大隈講堂前) |
5月31日(火)
〜“バカになれる強さ”〜
夜8時過ぎ、大学で論文を書いていると突然騒がしくなり、太鼓が鳴り、地鳴りのような歓声が聞こえてきた。なんのことかと思い、急いで外に出てみると、「祝 優勝 野球部」という横断幕の付いたステージの廻りに少なくとも2〜3,000人はは集まっていた。どうやら六大学野球で「早慶戦」に勝って優勝したようだ。いくつもの歌が繰り出され、盛り上がりは最高潮、といった感じだった。
しかし、私のように大学が違うと、ほとんどその輪の中で盛り上がる気にはほとんどならない。むしろ自分の卒業した大学の箱根駅伝の結果の方が気になるし、いまの大学での野球の盛り上がりはどうしても“よそ事”のような気がするのも事実だ。
しかし、私はこの輪の中にいて10年前に友人の実家に行って「唐津くんち」に参加したときのことを思い出した。その熱気まったく今回と同じようなものだった。やはりこのように共通した盛り上がれるもの、を持つということが大学でも地域でも論理を超えた“つながり”を作ることになるのだ。
学生はもちろん大騒ぎだが、いい年した先生や用務員さん、そば屋のおやじや近所の人、その他よく分からない人もみんな一緒に盛り上がっていた。はっきりいって野球でここまで熱くなれるのは、ハタから見ていたら奇妙に見える。ただ、この“バカになれる強さ”が、知人そうでないを問わず連帯感を生み出す土壌になり、強さでもあるのだろう。5月最後のなかなか心地よい風の中、校歌である「都の西北」を聞きながらそう感じた。 |
5月30日(月) 〜“常識”を変える難しさ〜
JR西日本の井手正敬相談役が顧問就任を辞退するそうだ。「世論の批判を考慮」というが、当然の帰結といえる。しかし、私は5月6日付けの日記にも書いたが、必ずしもなんでもかんでも辞任で解決するとも思っていない。むしろ井手氏が垣内剛社長などとともに取締役として福知山線事故犠牲者や被害者の対応の第一線に残り対応するというならそれで良かったと思う。しかし重要なのは「顧問」という新しいポスト、しかも取締役でもないポストに残すということが理解できないのだ。顧問というポスト自体は設置している会社も多くそれは良いのだが、JR西日本は記者会見や自社のホームページで徹底した問題点の洗い出し、社内風土の改革などを謳っている。にもかかわらず、その風土づくりをしてきた責任者を「大所高所からご意見を頂きたい」として報酬も支払いながら、責任も不明確なポストで待遇するという姿勢に疑問を感じるのだ。繰り返すが「相談役も一緒に誠意を持って対応しますので、目処が付くまで取締役に留まらせます」というなら、私はそれはそれで評価に値したと思う。
しかも、昨今「顧問就任」ということで、世間の激しい指弾を受けた人がいたではないか。そう、NHKの海老沢勝二前会長である。結局あっという間に辞任に追い込まれたのは記憶に新しいところだ。また、2年前のBSEのときには日本ハムの大社(おおこそ)義規前会長の最高顧問就任が指弾されてすぐ撤回されたこともあった。社長も明晰な方だろうし、JR西日本にも優秀な方が多くおられるはずだ。顧問就任に際しては当然NHKや日本ハムのことも考えたはずだ。にもかかわらず、このような判断をしてしまうということはやはり組織の機能に問題があることを露呈したに他ならないし、これではいくら頭を下げても意味がなく、かえって誠意が伝わらない。
NHKでもJR西日本でもそうだが、社外の人間を入れて改革するというのを非常に嫌う。NHKもJR西日本も社外の常勤役員はいない。しかし、これらを見ていると組織の常識が世間の非常識になっていることは否めないし、“常識”を変えることがいかに難しいかも痛感できる。福知山線の再開が必要なのは理解できるが、再開してもそれで終わりではなく、今後も体質を監視していく必要があることを改めて感じた。常識が常識に戻る日まで。 |
5月29日(日) 〜“スターの力”〜
日付が変わって月曜日3時になっているのだが、論文がなかなか進まず書いている。テレビでテニス・全仏オープンを放送している。テニスなど見ているからいけないのだが、しかしシャラポワはあのサーブのときの叫び声がなかなか勇ましくて、私は好きだ。またあの抜群のスタイルもあれば人気が出るのもよく分かる。
最近女子スポーツ、というより人気のある選手が多くなった。草分けは田村亮子だと思うが、宮里藍、横峯さくら、安藤美姫、福原愛など…。柔道、ゴルフ、スケート、卓球など彼女たちに共通するのはチームプレーというよりはどちらかといえば個人技中心のスポーツ選手だ。
私が子供の頃など女子スポーツでも三屋裕子などがいたバレーボールやシンクロナイズドスイミングの小谷美可子など集団演技中の選手が人気があったように思う。そのあたりは時代の変化も感じることができる。しかし、プロスポーツはこのような人気選手が出てくると一気にその種目に注目が集まる。プロスポーツは人気や視聴率が組織運営のためにも極めて重要であり、彼女たちのようなスターの存在は貴重だ。
野球人気も低迷が叫ばれて久しいが、それは野球がスター不在だ。もうすぐ最大のスター長嶋茂雄元監督が復帰するそうだ。もちろん滑らかな喋りは期待できないだろうが、彼ほどのスターは“そこにいるだけ”でいいのだ。やはり他のスポーツ、女子スポーツのスター性に負けない男性といえば日本人ではミスターしかいない。彼の復帰が野球人気再燃の起爆剤になるか、“スターの力”を期待したい。 |
5月28日(土)
〜多摩ニュータウン〜
所用があり、7年ぶりに多摩センターに行った。あまりの私としては無機質感に若干の息苦しさを感じる街だが、新しい建物も増え、相変わらずきれいに整備された街だった。
多摩センターのある多摩ニュータウンは昭和46年(1971)から開発された人口17万人、八王子・町田・多摩・稲城の4市にまたがる広大なものだ。小田急、京王が乗り入れ、私が子供の頃などは「新しい街」ということでかなり持てはやされていた。
しかし、ひさしぶりに行って驚いたのが、年配の方がかなり増えているということだ。おじいちゃんと孫といった組み合わせも少なくなかったが、以前はたくさんいた中学生や高校生の姿をあまり見かけず、明らかに世代が変わった気がした。
それを裏付けるように多摩ニュータウンでは急激な高齢化が進み、相次いで小中学校が相次いで統廃合している。多摩ニュータウンを開発住宅都市整備公団も新規の開発を終了した。
住民の危機感も醸成され「多摩ニュータウン学会」なるものも設立され、新しい住民自治のあり方も模索している。
宮崎にも最初に分譲された平和が丘を始め希望ヶ丘、月見ヶ丘、大塚台などは急激な高齢化が進んでいる。新しい多摩ニュータウンの取り組みはこれらにも参考になることが多いと思うので、今後も注目していきたい。 |

多摩センターの中心部
(多摩センター駅付近) |

大蔵律子・平塚市長 |
5月27日(金)
〜女性市長の挑戦〜
授業に来て頂いた大蔵律子・神奈川県平塚市長の講演を聴いた。
大蔵市長は鹿児島県加世田市出身で平塚市には縁もゆかりのなかった方だが、「森永ヒ素ミルク事件」をきっかけに団地の中での牛乳や玉子などの共同購入を開始し、消費者運動に携わるようになった。その後市議4期を経て、2003年に3選を目指す現職を破って市長になった。
「議会には住民の行動する者から出さなければならない」「市民の目線を失った市長は市長であってはならない」など議員や市長の経験からの様々な発言には非常に説得力があった。
特に「満足できなくても納得できる姿勢を目指す」という話は面白かった。結局行政の財政も厳しく“あれもこれも”から“あれかこれか”になる。そのとき、市民に納得してもらうためには情報公開の徹底はもちろん、市長給与のカット、公用車の売却など市長自身も自らを厳しくすることを躊躇しないことがリーダーとして必要だということを述べておられたし、まさにその通りだと思った。その意味では実際に母親・消費者として地域を感じてきた女性の視点の重要性も改めて感じた。
私の住んでいる三鷹市もそうだが、全国で女性市区長は7人しかいないが、初めて聞いた女性市長の話は非常に新鮮で、私自身いろいろ考えさせられるものが多かった。 |
5月26日(木) 〜レッサーパンダブームに思う〜
いま千葉市動物園にいるレッサーパンダの「風太くん」が大人気だそうだ。千葉市民で毎日動物園の横を通るモノレールを利用している友人に聞くと、明らかに動物園への客が増えており、平日でも4,000人を超える入場者を記録しているそうだ。しかし、最近はこの風太くんも疲れ気味で、体調面が心配されているそうだ。
しかし動物ブームは私が子供の頃からあった。その頃はまだパンダブームも残っていた。小学校に入学したとき、初めて持った下敷きは「なめ猫」だった。暴走族の格好をした猫の写真はいまでも鮮烈に覚えている。その後も景品だった「ウーパールーパーの目覚まし時計」が欲しくて1ヶ月間「焼きそばUFO」を食べ続けたり、お年玉でコアラのぬいぐるみを買ったりと結構“動物ブーム”には自分自身も翻弄されてきた。他にもいろいろあった。エリマキトカゲ、ラッコ、人面魚、日光猿軍団、タマちゃん、チワワなどなど…。最近では東京湾のクジラなどもそうかもしれない。この中にはいまでも人気を保っているもののあれば、いまはまったく話題にすらならないモノがあり、本当にはやりすたりの激しい話題だ。
しかし私はある話を聞いてから動物ブームに途端に興味がなくなって、というか良い印象を持てなくなってしまった。それは中学生になるかならないかの頃に「エリマキトカゲはエリを立てると数分後にだいたいは死んでしまう」という話を知ったときだ。エリマキトカゲが襟を広げるのは自分より強い敵を命がけで威嚇するときで、たいがいのエリマキトカゲはその襟の重みで首の骨が折れて死んでしまうと聞かされた。私はとても大きなショックを受けた。エリマキトカゲは車のCMに起用され大ブームになったのだが、楽しげに走っているように見えたエリマキトカゲが実は命を掛けていたのか思うと可哀想で仕方がなかった。
それから動物ブームの影にそのような動物の“痛み”があるのかも知れない、と思うとなかなか楽しく見ることができなくなってしまった。風太くんも最近疲れ気味だそうで、なかなか心配だ。宮崎市の動物園にもレッサーパンダの親子がいるそうで、これも気になる。どうせ来年には「去年はこんなブームがあったなぁ」となる話だ。あまり騒がずに、そっと見守っていって欲しいと強く思う。 |
5月25日(水)
〜『その河をこえて、
五月』〜
筑紫哲也教授の授業の一環で、新国立劇場に平田オリザ演出の演劇『その河をこえて、五月』を観に行った。この劇は「日韓友情年2005」の記念事業ということで、脚本も俳優も日韓共同、言葉も日本語の部分やハングルのそれが多いなかなか新しいタイプの演劇だった。
舞台はソウルの中心を流れる漢江(ハンガン)のほとり。現地で韓国語の語学学校に通う日本人や在日韓国人と、その教師である韓国人とその母親で植民地時代の教育により日本語ができる老女、カナダ移住を志す弟夫婦が織りなすドラマだ。
韓国に住む日本人、韓国人でもハングルができない在日韓国人、日本語ができる韓国人、カナダに移住しようとする韓国人…。さまざまな立場が絡み合い、○○人というアイデンティティ(主体性)が揺らぎ、新しい関係はどうあるべきなのか、を訴えようとした平田さんの演出は見事だった。
演劇終了後、筑紫教授との対談があり、やはり昨今の日韓関係の悪化も少なからず脚本に影響していること、韓国と日本人の若者には歴史“知識”(“認識”ではない)の格差などを議論し、質問もできて大変充実した時間が過ごせた。
「日韓関係」が重要かつ難しい課題とされているし、日韓関係については書籍なども多数出ている。しかし、どうしても堅い文書で読んでしまうとなかなか響かないことが演劇だと非常に素直に入ってくる。できるだけこのような目で識る機会を持って、私自身も考えたい。宮崎の観光政策でいえば、韓国からの誘客に期待している。しかし、どこまで韓国を識っているか、いくかを考えなければ持続可能性は低くなる危惧を感じてしまう。今日はそれについてヒントももらえた気がした。 |

『その河〜』のパンフレット

平田さんと筑紫教授 |

機内で挨拶する高橋選手 |
5月24日(火)
〜それぞれの“Next”〜
東京に戻るために、15:00宮崎空港発のSNA(スカイネットアジア航空)118便に乗った。今日は気候も穏やかで、いつものように資料を読みながら機内の時間を過ごしていた。
離陸して約1時間、潮岬上空を過ぎたあたりで、突然高橋尚子選手のポストカードが配られた。高橋選手はSNAに所属していたため、ポストカードや応援ハガキの配布などは結構あったので、「契約満了だから、余るのももったいないから配るのかな」くらいに思っていた。配り終わるとキャビンアテンダント(CA)がこの飛行機に高橋選手が搭乗している旨を案内した。乗客も一様に驚いていたが、その中で最前列にいた高橋選手がマイクを取って挨拶した。
高橋選手は今までのお礼と、今後SNAを離れること、SNAを通じて宮崎を身近に感じることができたことへのお礼などを述べた。非常に簡潔で分かりやすく、また笑顔が素敵だったのが印象に残った。挨拶が終わると機内は大きな拍手に包まれた。なかなか粋な演出だった。
高橋選手は小出義男監督との二人三脚で一躍有名になり、常に注目されている。シドニーオリンピックの予選のときなども、バッシングのようなこともあった。SNAも産業再生機構の管理に入り、新しい自分自身のスポンサーも探していかなければならない。たぶん高橋選手にも言いたいことはたくさんあるだろう。しかし、それらを微塵も感じさせない今日の機内でのスピーチはなかなか清涼感を感じさせるものだった。
配られた最後のポストカードには「SNAは次のステップへ。Next.SNA」とだけ書いてあった。SNAも高橋選手も変わっていく。私自身も、私のいた宮崎交通も、イオンができた宮崎の街も、何もかも変わっていく。どう変わるのか分からない。それぞれ期待も不安もある。しかし、機内から眺める空は本当に青かった。「それぞれの“Next”」もこの空のように輝かしいものになれるはずだ。そんな期待を感じさせた空の旅だった。 |
5月23日(月) 〜「陸上を通しての現在(いま)」〜
次回の「みやざきみらいフォーラム」の講師をお願いしている“宗兄弟”の兄で元オリンピックマラソンランナー、前旭化成陸上部総監督の宗茂(そうしげる)さんに会いに延岡市に行った。宗さんは今年から九州保健福祉大学の客員教授を務められているので、まだまだ新しい大学を訪ねた。昨日まで陸上の「ゴールデンゲームズ」で実況を担当されるなど大変お疲れにもかかわらず気さくに対応して頂いた。
宗さんの部屋に入って驚いたのは、テーブルがなくマットレスが敷いてあるのだ。靴を脱いでその上に椅子を置いてお話を伺ったのだが、宗さんは東洋医学、特に気功の研究を大学でされる、ということで実際に学生に気功を施したりされているそうだ。今回は宗さんが、自分自身で極めた陸上競技を離れて、まったく違う分野に進んでいくという果敢な姿勢に興味を感じお願いして講師を務めて頂くことになった。
今日は1時間以上にわたり、気功のこと、そして双子として、マラソン選手として、指導者として感じたことなどをいろいろお話を伺った。詳細はまた来月お話し頂くとして、「成功は失敗を積み重ねて得るものだが、そのためには失敗を経験に変えていく必要がある」「周りの人の支持があって自分が競技できるという謙虚さは必要。但しスタートの直前には“自分のために”と思えばいい。そうすればプレッシャーを消すことができる」など本当に陸上以外の日常生活の中でも大いに参考になるお話を伺うことができた。次回のタイトルが冒頭の「陸上を通しての現在(いま)」である。来月どのようなお話が聞けるか今から大変楽しみに感じた。 |
5月22日(日) 〜自分の足下を見る〜
昨日友人から「YAHOO!オークション」の中にある「絶対儲かる情報」なるものを買おうと思うのだが、どう思うか?というメールが来た。少々呆れてチャットで議論したのだが「確実に儲かる話を人に勧めるバカはいない」という考えれば至極当たり前のことを説得するのに約1時間掛かった。なかなか人間「これは!」と一度思ってしまうと廻りが見えなくなってしまうのだということを再認識した。
とはいえ、自分自身もそのようなときがある。今日もそんな悩みを感じて親友に相談したのだが、やはり思いこんでしまうと、冷静に自己分析すべきことができなかったりする。1日前には友人に対してそれなりに常識的に話ができたと思うが、今日はまったく逆で、やはり自分に対して甘い部分があったなと反省した。
しかし子どもならいざ知らず人に厳しいことをいうのは意外と難しい。やはりプライドは大事にしつつもいうべきことはキッチリ言わなければならない。正直めんどくさいので適当にお茶を濁しておいた方が楽だろう。しかし自分はいわなければという思いもあるし、逆に言ってもらえることも本当にありがたい。私自身も自分の足下(あしもと)をもう一度見つめて、将来を見据えて頑張っていきたいと思う。 |
5月21日(土)
〜宮崎の街を歩く〜
イオンショッピングセンターがオープンして最初の週末になった。イオンについての評価は概ね高く、やはり宮崎にいままで出店していなかった店舗が出店したことなどは、やはり人気の高さの要因になっているようだ。私も行こうとは思っているのだが、相当混雑しているそうだ。しかし日曜日にでも行っててみようと思う。今日は宮崎市内の中心部、一番街〜山形屋〜若草通を歩いてみた。驚くほどに人がいない。土曜日の夕方5時というのに、スクランブル交差点で信号が変わっても、渡る人が5人ほどしかいない。山形屋前も閑散としていた。バス乗務員などに聞いても橘通での乗降は下がっているようだし、イオンに乗り入れを許可されたタクシー会社のタクシーはほとんど見かけなかった。
ただ、山形屋の中に入ってみるとそれなりにお客さんがいたのには安心した。大きなガラス戸を開けて入ると、あの子供の頃から接してきた化粧品などの香りも混ざった「山形屋の匂い」を感じた。確かに消費者は移り気だ。しかし、ずっとこの街で、この店で買い物をしてきたという安心感や信頼感も簡単にはなくならないはずだ。
とはいえ、どのように街が変わっていくのか、そしてそれは宮崎市そして周辺の市町村の商業地図がどうなるか、「できたから」ではなく今後も注視していかなければならない。今日の橘通の寂しさを見てその思いを強くした。明日はイオンを訪ねてみたい。 |

閑散とする山形屋前
(土曜日16:30分) |

小笠原文孝さん

多くの参加者があった
次回(12回)のご案内
6月17日(金) 19:00〜
宮崎市中央公民館
講師:宗 茂(そうしげる)さん
旭化成陸上部・前総監督 |
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5月20日(金)
〜みらいフォーラム〜
今回は、よいこのもり保育園理事長、小笠原文孝さんに保育園の現状や子供の問題についてお話し頂いた。
まず驚いたのは、「子供は宝だ」などといいながら実際は社会保障給付費が高齢者に47.1%もあるのに、子どもにはわずか2.9%しかないこと。昨今いわれている「幼保一体」が現場にどのような影響を及ぼすかなど普段なかなか考える機会のない分野について考えさせられた。
また実際に取り組んでいる教育のお話は特に考えさせられた。権利意識が非常に強くなっている昨今、親のクレームも様変わりし過保護ともいえる現状が蔓延していて、例えば「並ばせる」といった基本的な動作ですら親からの批判対象になることもあるそうだ。しかし小笠原さんは保育園の場を「“人間のカタ”を付ける場」だと捉えておられた。そのためにいうべきことは親にもいい、子どもにも過剰なサービスをしないというのが信念だ。しかし、このような考えで保育を行えていることは、勇気や自信に裏打ちされているのだなと感じた。講演の中で食事や施設の衛生などについてもいかに気を遣っているかということもよく分かった。小笠原さんはもともと学校の先生だったそうだ。そこからこのように園を大きくして、現在は横浜市にも進出されている。やはり、このような妥協しない姿勢が結局は支持をされるのだなということを強く感じたし、自分自身に“人間のカタ”が付いているかも改めて内省する機会にもなった。 |
5月19日(木)
〜リーダーの力〜
取材のため文京区役所に行った。文京区は都内の最中心部で、区役所は東京ドームの裏側、後楽園遊園地の隣にある。さすがに富裕な自治体だけあって、非常に立派な建物だ。
この展望フロアーに上がると、もちろん都内の景色が一望できるのだが、それに加えて東京都が推進している屋上緑化の取り組みを行っている建物が紹介されている。屋上緑化はその名の通りビルの屋上に緑を植栽するというもので、東京都では条例で新築の建築物(公共は敷地面積250u以上、民間は1,000u以上)には屋上緑化を強制していて、平成13年度より15年計画で、1,200ヘクタールの屋上緑化面積を確保する計画である。これは千代田区の面積とほぼ同じの広大なものだ。
私は一昨年から6年ぶりに東京に住んでいるが、明らかにその時と比べて空気はきれいになっている。これは排ガス規制やアイドリングストップに義務化、そしてこのような緑化政策などの成果と感じる。強権的などと批判もあるが、やはり石原慎太郎都知事の政策の明確な結実である。全国各地で「環境都市」「人間都市」「ボランティア都市」など聞き触りの良いフレーズを良く聞く。しかし、実際にどのように住民が“街が変わった”と感じられるかであって、役所サイドが「こんなことやっています!」とPRするだけでは単なる自己満足に過ぎない。聞き触りのよい言葉に酔っているようなリーダーも少なからずいる。
屋上から緑の屋上を持つビル群を眺めていると、もともと皇居や明治神宮とも相まって「意外と東京も緑の多い街だな」と感じることができる。単なるキャッチフレーズに溺れるリーダーも多い中、石原知事のリーダーとしての力強さを改めて感じた。 |

屋上緑化の公園
(文京シビックセンター) |
5月18日(水) 〜盛り上がるPRソングを!〜
山口県出身の友人がなにやら聞いたことのない“着メロ”を使っているので、何の歌か訪ねたところ「知らないの?“はなっこりー”だよ」という。もちろん知らないと答えるとこれは山口県の野菜のPRソングなのだそうだ。なかなか軽快なノリで、確かに聞いていて楽しい。最近では着メロ最大手の「セガカラ」からもダウンロードできるようになっているそうだ。歌詞も付いていて、「この前田舎に帰ったら学校帰りの子供が歌ってたよ。」などという話も聞いた。確かに「JAやまぐち」のホームページを見ると歌を聴くことができる。またYahoo!で検索してみても、450件以上引っ掛かり、“はなっこりー”が山口県民に“地元野菜”として認知されているのが分かる。
ここで宮崎でもそのように野菜に歌を付けて売り出そう、といいたいところだが、実はすでに存在するのをご存じだろうか。その名も「野菜の王サマンボ・ピーマンボ」という。ピーマンを特産としている宮崎、鹿児島、高知、茨城の3県が共同で売り出したものだ。確かに“カネを掛けてる”印象はあるが、私は“はなっこりー”のほうが秀逸だと思う。
理由はまず歌詞が楽しいこと。「はなっこりーを 食べて にっこりー」などと語呂もいいし、「ぶちおいしい」などさりげなく1箇所だけ方言が入っているのも好感度が高い。一方のサマンボ・ピーマンボは「食べて健康 至って元気 強い身体を つくります」などと歌で商品自体をPR使用としていて、説教くさいのだ。これでは“おしゃれ”ではないのだ。そしてキャラクターの“かわいさ”も重要だ。ピーマンボはピーマンということもあるが、どうしてもあか抜けしていない。
もともと野菜のPRで着メロなどで最も人気があるのは「おいしいマイタケ、ホ・ク・ト」のホクト株式会社のCMだが、これは歌詞の楽しさ(私も着メロで使っていたことがある)やキャラクターのかわいさではピカ一だ。PRソングなど所詮イメージでしかない。そこを割り切れるかどうか、ここが“センス”だと思う。
ただ、このようなPRソングを作っていくことは意味がある。ぜひ、次回以降は作るものは「セガカラ」を目指すようなものにして、県外在住の宮崎出身者がみんな着メロにするような楽しい歌を考えて頂きたいと思うし、機会を頂けるなら積極的に協力させて頂きたいと思う。
JA全農やまぐち 「はなっこりー」のページはこちら
※↑音が出ます。
JAとさかみ 「野菜の王サマンボ・ピーマンボ」のページはこちら
「ホクト」のページはこちら
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5月17日(火) 〜匿名報道と被害者保護〜
今日の毎日新聞で「匿名報道の是非」を考えるページがあった。要は先月のJR福知山線の脱線事故で病院が運び込まれた方の氏名の公表を拒否したり、一部の遺族の方が氏名の公表を拒んでいることについて、各新聞社の見解なども含め賛成、反対双方の考え方が述べられていた。今4月より個人情報保護法が施行され、まだ発足間のない中で病院などが公表を拒否したことはやむを得ない決断だったと思う。また、確かに自分が遺族の立場だったとき、非公開を望むこともあり得ると思う。例えば“そこにいないはずの人”が事故に巻き込まれたとすれば、それ自体が別の問題を引き起こすこともあり得るからだ。
しかし私は、それは理解するにしてもやはりこのような大事故である以上名前は可能な限り公開されるべきだと思う。まず友人知人の安否を確認する意味でも必要だし、保険会社などが新聞報道を以て死亡証明の発行を免除するなど手続きの簡略化にもなる。そして名前が出ることで、その人の生き様や与える社会的影響についても確認することができる。これがもし病気の患者名の公表などであれば、確かに差別も予想されるので非公表にすべきだが、今回のような事故はやはり別だと思う。
しかし、今回も実名が出たことで、JR西日本職員に詰め寄った被害者の自宅に「そんな態度だから事故にあったのだ」というような人間とも思えないいたずら電話をする人も出てくる。つまり実名報道によって被害者が不利益を受けるとすれば、マスコミは全力でその抑止を図らなければならない。しかし、この報道は地元の神戸新聞に掲載された程度で、あまり全国紙では取り上げられていにない。それはマスコミ側の努力も足りないと思う。
個人情報保護法案ができて、明らかに時代が変わってきたのが分かる。そのなかで、これからは宮崎でも今まで許されてきたことが許されてこなくなるだろう。もちろん回覧板や学校の連絡網など残るものもあるだろうが、悪徳業者のことを考えれば、それにも是非はあるだろう。難しいことではなくて、私たち一人ひとりがその線引きを持っておくことからまず始めなければならないのではないだろうか。 |
5月16日(月) 〜イオンSCオープン〜
宮崎市新別府町に建設されていたイオンショッピングセンターがついにオープンした。今日のMRTのニュースで非常に詳しく放送していて(東京でもインターネットでニュースが見られる)実際に行った友人の話でも「やっぱりいい」という反応がほとんどだった。確かに宮崎にはない店舗が増えたことは事実だし、シネマコンプレックスなどは確かに魅力的なものではある。私も今度宮崎に帰ったらぜひ行ってみたいと思う。特に子育て世代への充実度は相当高いようだ。せっかく完成したのだから宮崎の祭り(えれこっちゃなど)などもサテライト会場としてイオンでも積極的に開催するなど、大きく宮崎の街に取り込んでいくような工夫はあって良いと思う。
イオンは“団塊ジュニア”(現在60歳前後の方の子供の世代)をターゲットにしているということで、インタビューでもそのように答えられていた。そのインタビューの中にもあったが、結果的に中心市街地は団塊の世代やシニアを中心になっていくことが予想される。しかし、団塊の世代(60歳前後)やシニアの街とは一体どんな街なのか?絶対的に人口の多い東京の巣鴨や浅草のような門前町ならいざ知らず、宮崎の人口規模でそんな街に活気が生まれるのだろうか。やはり、段階的に中心市街地の衰退は不可避といえる。確かに今回のイオン進出の是非が“経済の論理”からいえば進出を望む方の意見に分があるのは間違えないし、やはり中心市街地への支持は広がらなかったのも事実だ。
しかし、この2005年5月17日という日は宮崎の経済にとって橘百貨店の破たん、シーガイア破たんに並ぶ重要な日だ。今日の宮崎を生きていた人間として今日のことは忘れずに覚えておきたい。 |
5月15日(日) 〜巨人・大鵬・卵焼き〜
昨日は明け方に帰ってきて、15時間以上も車の中で過ごしたこともあり、ひさしぶりに自宅で論文など書きながら過ごした。
ここ最近非常に寒く、暖房を掛けながら大相撲をテレビで見た。こんなに寒いのに“夏”場所というのがいかにも違和感がある。やはり気象がおかしいのかな、などと思ってしまう。
相撲自体は格段大きな動きがあったわけではないが、今日は今場所限りで日本相撲協会を定年退職する大鵬親方が解説に出ていた。大鵬といえば戦後を代表する大横綱で、優勝32回は誰にも破られていない金字塔だ。私は昔から相撲が好きでよく見ていたが。私が子供の頃は千代の富士の全盛時代で、北の湖や隆の里は記憶にうっすらある程度だ。従って大鵬は記録の世界でしか見たことがないのだが、きれいな身体と長い手足は確かに「巨人・大鵬・卵焼き」といわれたほど絶大な人気だったことも分かる。しかし45連勝がストップしたときの不公正は裁定や、理事長になれなかったということは大鵬に対する大相撲界の否定的な意識がなかったとはいえないだろう。
大鵬はロシア人と日本人のハーフで、樺太からの引揚者である。塗炭の苦しみを味わい、横綱として堂々たる成績を残した。今日の聞いていても朝青龍や露鵬といった外国人力士に注ぐ言葉は非常に優しいものがあった。親方は「とにかく、稽古を。基本を忠実にすれば必ず勝利はついて来る」と何度も話していた。結局格段に目新しい話でもなく、やはり昨今の休場者の多さなども見ても分かる。大鵬ほどの大横綱であれば、いろいろ言ってみたいのだろうが、偉そうなことは一切言わなかった。そこに大鵬の人間性を感じた。
「巨人・大鵬・卵焼き」というが巨人のファン離れ顕在化、相撲人気の低下、食生活の多様化などが重なって、「こどもの好きなもの」として一つの枠で考えることはもうできないのだ。その意味では、一世を風靡した大鵬が去っていくことは、なにか一つの戻れない時代の1コマに記録していきたいと思う。 |

山菜の収穫を手伝う
(岩手県江刺市にて) |
5月14日(土)
〜地産地消への挑戦〜
同級生の佐藤邦夫さん(江刺市議会議員)との打ち合わせがあって、岩手県の江刺市に日帰りで行って来た。車で東北道経由で片道7時間かかるなかなか強行軍だったが、岩手県はなかなか肌寒く息も白く、もうクーラーも入れようか、という宮崎と比べると日本の広さを改めて感じた。
佐藤さんは江刺市の産直組合の理事長をしていて、自宅の畑でもいろいろ栽培されていて、山菜などの収穫を体験することができた。ふき、わらび、コシアブラ、タラの芽など他品種があるのだが、それぞれが実に良い香りと味のするもので、佐藤さんもこれらを産直の直売所に出荷している。その後、佐藤さんの自宅にほど近いこの直売所「江刺ふるさと市場」を訪ねた。夕方ということもあったが、商品はほとんど売れてしまっていた。地元だけでなく、盛岡市などからもお客さんが多く、農家の方も直売に非常にやる気を持っているそうだ。売上もこの市場で年間数億円の売上があるということで、「地産地消」の推進にも大きく役立っているということだ。
産直、地産地消などは“ブーム”といってよいほど良く語られるが、実際に採算ベースに乗るものはまだまだ少ない。しかし、工夫さえすればこのように集積ベースも十分確保できることが分かった。宮崎でもどのように導入していけばいいか、今後も考えていくきっかけを得ることができた。
「江刺ふるさと市場」のホームページはこちら。 |
5月13日(金)
〜清冽なリーダー〜
大学院の授業に来られた逢坂(おおさか)誠二・北海道ニセコ町長とお話しご意見を伺った。逢坂町長はニセコ町職員を経て現在3期目だが、その行政手腕は高く評価され、昨年の北海道知事選に擁立の動きがあったほどだ。
逢坂町長は“町の憲法”ともいえる「自治基本条例」の制定、徹底した情報公開、観光協会の株式会社化など積極的な行政を推進していて、全国的にも注目されているリーダーの1人でもある。
いろいろ質問をしたが、特に政治に臨む姿勢について伺ったのだ。そこで町長が強調されていたのが、「選挙の重要性」つまり、どんな選挙をしたか、どんな人に応援してもらったかが当選後何ができるかを規定するということだ。その上で「選挙は“ドン”と勝つと後からボディーブローのように効いてくる」ということを言われた。つまり、一人ひとりに丁寧に話していくことが重要だということだ。
逢坂町長はニセコ町のホームページだけではなく自身のホームページ(こちら)を開設して、直接メールも受けている。アクセス数の多さを見ても、逢坂町長の注目度そして町長自身が町の大きな広告塔になっていることが分かる。このように全国各地の方々と積極的に対話し、足を運ぶ姿勢は新しいリーダー像だ。ここに私は非常に新鮮で清冽な印象を受け、宮崎でも学ぶところが多いと深く感じた。 |

逢坂誠二・ニセコ町長 |
5月12日(木) 〜みんながフェアに働くために〜
TBS(東京放送)スポーツ局の担当部長が、朝日・読売・毎日の各新聞のコラムなどを盗作していたことが発覚し大きなニュースになっている。確かに然るべきポストにありながら盗作を繰り返していたことは許されないことだが、私はその事実以上に疑問に感じたことがある。それは盗作が発覚したとき、当初それを契約のフリーライターが書いたように偽装しようとしたことだ。会社ぐるみかどうかは何ともいえないが、少なくとも担当部長の言葉を鵜呑みにしてそのまま発表していた。このフリーライタの文責に偽装した、という行為は2つの点で極めて問題があると思う。
1つは、結果として盗作した文章がホームページに掲載されていた事実はいささかも変わらないにも関わらずフリーだと説明したということは、そう言えば多少は責任が軽減されると考えたとしか思えない。しかし正社員であれフリーライターであれ誰が書いても文章は文章であり、言葉の重みは変わらないはずだ。しかし正社員であれば困るが、フリーであれば「勝手にやった」的な言い訳ができる、と踏んだということになる。ここにフリーライターに対する蔑視的姿勢を感じる。
第2に契約であり立場の弱い立場のフリーライターに責任を負わせようとした極めて卑怯な姿勢である。なかなか断れない人間に部長の立場にある人が不正を持ちかけるなどマスメディアとしての姿勢を疑われざるを得ない。
以前のように会社で働くといえば正社員、という時代は終わり、フリーター、派遣、契約、子会社からの出向など様々な形態で多くの方が働いている。当然正社員であれば立場は強いだろうし給料も格段に違うことが多い。それはやむを得ないとしたとしても、反社会的行為をそのような立場の弱い人に押しつけて正社員を守る、ということは本当に論外だ。労働組合も正社員のみを対象としてきた時代が長かったため、まだそれら多様な働き方に対応できていない部分もある。もっと、そんな様々な働く立場の人に光が当り、みんながよりフェア(公平)に働けなければならない。道のりは遠いが、その必要性をこの事件を見聞し改めて感じた。 |
5月11日(水) 〜太田知事の土俵入りの是非〜
大相撲夏場所が始まっているが、先の春場所でも話題になったのが「太田房江大阪府知事の“土俵入り”問題」だ。昨年も相当物議を醸し、市民団体から金一封の授与差し止めの監査請求が起こり、監査委員から差し止めの勧告が出たほどだった。また千秋楽が近くなるたびに物議を醸す問題だ。
確かにジェンダーフリーの観点からいえば、太田知事が土俵に上がることはあるべき形であるかもしれない。しかし、大相撲が長い歴史上で守ってきたものである以上は私は守られるべきものだと考えている。確かに女性の社会進出はタブーを破って戦ってきた多くの女性の力があったことはその通りだ。しかし、伝統や文化というものはもともと非論理的なものだ。例えば男であっても叶わないことは数多くある。代表的なものは“世襲”である。例えば歌舞伎の市川団十郎などはどんなに歌舞伎の技能が高くても血筋でなければ継ぐことはできない。
しかしこれらを憲法14条の法の下の平等(すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。)を盾にやめさせる、ということができるだろうか。もちろん裁判をすることは可能ではある。しかし、私はそれが世論に支持されるとも思えないし、それが正しいとも思えない。
確かにトンネル工事に女性が従事できるように労働基準法が改正されるなどの動きがあるが、それらは実際に女性の社会参加を阻害していたものであり歓迎すべきものだ。他にも育児休暇も男性も積極的に取るべきだとも考えている。
しかし伝統や文化はもともと非論理的なものだ。それを解体してしまうことは文化の衰退でもあり、正しい選択ではない。その観点で私は日本相撲協会の方針を支持している。もちろん違うご意見の方もあると思うので、今後ともいろいろ議論をさせて頂ければと思う。
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5月10日(火) 〜自己満足の“経済効果”〜
宮崎県は安藤知事の記者会見で、1〜3月に行われたプロ野球やサッカーなどの春季キャンプや合宿の観客数が約599,000人、経済効果も昨年より6億円増えて約123億円といずれも過去最高を記録した、と発表した。楽天、ソフトバンクの新球団や「欽ちゃん球団」も加わったことが一因ではあるそうだ。
しかし、123億円といえば大変なものである。この“キャンプの経済効果”は現実に即していないと私は思う。確かに経済効果はあったのは間違えない。マスコミやファンの宿泊も確かに多かった。しかしそのうち71億円が“広告効果”ということなのだが、これは極めて疑問を感じる。要はどの程度宮崎からの中継が行われるか、「宮崎」という名前が何度呼ばれるかなどを元に算出しているそうだが、こんなに膨大な効果が出ているとは思えない。野球のキャンプの注目球団は何といっても巨人だが、宮崎にはその巨人が40年来キャンプに来る。もし、県がいうように毎年100億円以上の経済効果が出ているのであれば、ここまで観光客が減少することはなかったと思う。
また、百歩譲って123億円の経済効果があったとしても、そのためにどの程度投資していて、それも含めた費用対効果を明示するべきだ。例えば170億円以上掛けて作った「サンマリンスタジアム」の必要性や維持費。事業規模的にはほぼ同額で、さらに拡大されているする「生目の杜運動公園」など、本来はその支出を差し引く必要もあるのだが、それもせずただ単純に「経済効果が高かった、良かった」といっている県の姿勢ははっきりいって自己満足で疑問を感じる。
数字の裏側に隠れているマイナス部分をしっかり見直すことが必要なのだが、それをしない姿勢はスポーツを“第2のシーガイア”にしかねない危惧を覚える。ぜひこの莫大な経済効果が実感として感じておられるか、ぜひお考え頂ければと思う。 |

他の車輌より混雑が
少ない女性専用車
(最も痴漢が多い埼京線) |
5月9日(月)
〜女性専用車導入〜
痴漢対策の一環として、今日から首都圏の私鉄に一斉に「女性専用車」が導入された。「そこまでしないといけないのか」という人もいるが、確かに痴漢は多い。論文の取材でたまに東京地裁に裁判の傍聴に行くのだが、私が見た中で刑事裁判で最も多いのが出入国管理法違反の外国人、それに並んで多いのが続いて覚せい剤や麻薬、交通事故、そして痴漢だ。しかも満員電車で身動きが取れない中で行うのだから卑劣極まりない。男性としても疑われるのは避けたいので、私は全面的に賛成だ。(私は満員電車では両手でつり革を握るようにしている)しかし、首都圏ではすべての女性専用車は最前部もしくは最後部の車輌になっている。確かに他の車輌より明らかに空いている。すし詰めの車輌から見るとかなり余裕が見えるのは事実だ。ただ自分が降りる駅の改札や階段が反対側にあれば、いくら女性専用車でもなかなか利用はしにくいだろう。しかも、女性専用車があると痴漢にあっても「女性専用車に乗らない方が悪い」といった無用の批判も起こりかねない。それを考慮するとできるだけ編成の中央部に組み込んでいくべきだと思うし、導入する以上女性にその車輌を利用してもらえるようにするべきだ。
ただ今日女性専用車に乗った友人(もちろん女性)から話を聞いて一つ気になったのは、平気で化粧を直したり、ケータイを掛けたりする女性が明らかに他の車輌より目立つ、ということだった。男性の目がなくなることが、モラルの低下になるのなら本末転倒で、女性にもそのあたりは心掛けて頂きたいと思う。
。もちろんまだ「試験導入」ということだから、いろいろあるだろう。しかし、この試み自体は良いことだ。試行錯誤はあるだろうが、痴漢撲滅のために根付いていくことを期待したい。 |
5月8日(日)
〜多摩川を歩く〜
GW最終日ということで、午後から多摩川堤防を10Km近く歩いてみた。大学生の頃住んでいた多摩川沿いの駅に8年ぶりに降り立ち、様々な風景に懐かしさを感じながらスタートした。
以前メールマガジンにも書いたが、多摩川は本当に面白い川だ。堤防や河川敷が大きいこともあるが、本当に多くの人々が憩っている。本を読んだりする人もいるが、趣味を楽しむ人や宴会やバーベキューをしている人も多い。
スポーツでいえばジョギングはもちろん、野球、サッカー、ラグビー…などなど。それ以外にも釣り人はもちろん、ラジコンを飛ばす大人のサークルや、犬に曲芸を仕込む人など本当に多種多様な人がいる。貸しボートもある。少なくとも10km歩く中で、数千人は存在を確認することができている。
東京という街は“カネがあれば楽しい”という方が結構いるが、少なくともここには上手に時間を過ごす人達がいるのが分かるし、そんな場を提供してくれる多摩川に愛着を感じていることも分かる。
宮崎の大淀川も、確かに流れは雄大で美しい。しかし、護岸工事などはしっかりしているが、市民が思い思いに時間を過ごす場にはなっていない。市役所下の駐車場を休日は開放して貸しボートを開業するなど、宮崎の街の名物になるのではないだろうか。とにかく、見た目がきれいな川、ではなくみんなが楽しめる懐の深さがある川、それこそが“母なる川”ということではないだろうか。
多摩川が教えてくれることはたくさんある。そんな“川の声”に耳を傾けていきたい。 |

サッカーを楽しむ中学生
(調布市) |

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「おいも豚ハムセット」の
PRされている中吊り広告 |
5月7日(土)
〜イメージの食い違い〜
電車の中に一斉に「キリン一番搾り 『選ぼう!日本のうまい』プレゼントキャンペーンという広告が出た。要はビールについているシールを集めて応募すると、抽選で47都道府県の「うまいもの」が抽選であたるというものだ。
さっそく宮崎県を見てみたが、驚いたことに本命と思っていた宮崎牛ではなかった。他にも牛肉の都道府県が山形、東京、島根、兵庫、広島、佐賀の6都県が地元牛を出しているのだが、宮崎の所を見ると「おいも豚ハムセット」が出品されている。私は最初何のことか分からなくて、甘藷と豚とハムがセットになっているのかな、という印象を持ってしまったが、いろいろ話を聞くと「“おいも豚”という種類の、甘藷を餌に肥育されている豚だそうだ。
私の勉強不足かもしれないが私は知らなかった。先日もテレビ東京のニュースで「尾鈴高原産の参協味蕾(さんきょうみらいぶた)」が流行っている、ということを報道していた。これも初めて聞いたのだが、川南町で肥育されているもののようだ。豚といえば宮崎では「はまゆうポーク」という名称でしか聞かないが、実際はこのような名称でしか聞いたことがない。つまり首都圏の人々が抱いているイメージと、宮崎の人が首都圏で抱かれているであろうイメージに食い違いがある。やはり、宮崎がどのようにPRされているか、イメージされているかをしっかり知っておく必要があると思う。県外の方が宮崎に来たとき「えっ、そんなの知らない」と答えるのはやはり寂しいと思うので。 |
5月6日(金) 〜JR西日本への報道に思う〜
尼崎の福知山線の脱線事故後のJR西日本の社員の行動が厳しく糾弾されている。現場放棄した乗務員、懇親会、ゴルフ、旅行など目を覆うばかりのモラルの低下が次々と明らかになっている。もはや“企業崩壊”の様相を呈している。
家族を亡くされた方が「殺されたJRをこれからも乗り続けなければならん気持ちが分かるか!」と弔問に来たJR西日本の会長に迫っていたが、これが鉄道事業の公共性である。雪印牛乳や日本ハムなら一生飲まない、食べないということは、少なくとも自宅に置いて選択する分には可能だ。三菱自動車を買わないことも可能だ。しかしJR沿線に住んでいれば、使わないわけにはいかないのだ。これが決定的に違う。それが鉄道の公共性だ。
しかしとはいえ、昨今の報道には若干行き過ぎを感じる。JR西日本の経営者を糾弾することは、やや過剰な感はあるとはいえやむを得ないとしても、JR西日本エリアを中心にしてオーバーランや行き先誤表示など、いままではまったく記事にならなかったことが、トップニュースに近い扱いを受けたりする。東京で毎日鉄道を使っていると、月1〜2回程度はオーバーランはある。確かに褒められたことではないが、決して珍しいことではない。過去にはどの程度オーバーランが発生したのか、どの程度影響があったのかはほとんど報道されない。さも急に増えたような報道からは世論誘導的印象を若干感じてしまう。
また、「経営責任」についてもそうだ。確かに「企業風土の問題」というのであれば、そんな“風土”を作った会長、社長以下取締役の辞任は必至だ。しかし記者会見などの光景や新聞記事を見ても“首を取る”ことが目的化しているように見える。逆にいま辞任すれば責任は不明確になるし、遺族や被害者から見れば「逃げた」としか映らないのではないだろうか。私はJR西日本の社長の「私は逃げない」というコメントは、決して地位に恋々としての発言ではないように感じた。少なくともNHK前会長とは違うように思う。これだけの会社、しかも東証1部に上場して常に市場から数字で評価を受ける会社の社長であれば、辞任せずに済むとは思っていないだろう。とにかく、いまは事故復旧、被害者ケアに全力を挙げるべきだし、出処進退は福知山線が旧に復したときに論じればよいことだ。
もちろんJR西日本は大きなペナルティを受けなければならない。私は最高時速の切り下げを命令し、いままで安全性をなおざりにして私鉄から乗客を奪ってきた高速運転をやめさせるくらいの厳しい処分が必要だと考えている。しかしいまはなんでもかんでもJR西日本を糾弾する風潮があるがそれは疑問だ。これが怒りを増幅し、置き石の増大など二次被害をもたらす原因にもなっているのではないだろうか。とにかく被害者の方の生活が少しでも安んじるものになることが重要である。私も、そんな視点を持ち、テレビや新聞の情報を単に受けるのではなく、“読む”ように心掛けていきたい。 |
5月5日(木)
〜ウォーキング大会〜
天気も非常によく、最近スポーツジムにもあまり行けていないので、気合いを入れる意味で「第10回 東京国際スリーデーマーチ」に参加した。単なる「ウォーキング大会」程度に思って気軽に参加したのだが、行ってみて驚いた。なんと4,000人以上が参加して出店も並び、臨時バスも出るという大規模なものだった。
私たちは気合いで最長の30Kmコースに参加したのだが、さすがにウォーキング大会い出るだけあって、みんなあるのが早いこと早いこと。2倍以上年齢の離れた皆さんに負けないように着いていくだけでもなかなか大変だった。
しかし、歩くことは面白い。車や電車では明らかに体験できない景色や街の空気を楽しむことができる。いつも生活する街の中に、路地の裏に、ホタルの出る小川や小さな神社、国木田独歩や太宰治の息吹を感じることができる場所など・・・。やはり街は歩くに限るな、と改めて感じた。
また歩きながら他の参加者の皆さんとも話したのだが、結構遠距離から来ている方も多く、参加者名簿を見ると宮崎県からも3人が参加されているようで、北海道から沖縄まで参加者があるようだ。
しかし、ルートには大きな街道沿いなども多く、宮崎であれば大淀川をうまく使えばいいルートが組めるし、これは確立すれば大きな誘客効果を持つものにもなるだろう。スポーツ振興も、大きなハコモノ中心の整備よりは、このような健康増進に資する形がこれからのあるべき指向である、ということを確信した。
しかし本当に最高のウォーキング日和だった。さすがに疲れ手足も痛いが、ゴールデンウィークの最終日を非常に心地よく過ごすことができた。 |

スタート地点の公園
(武蔵野市→小金井市→府中市→調布市→三鷹市→武蔵野市のルートで歩いた) |

緑あふれる
「いわさきちひろ美術館」
(練馬区下石神井) |
5月4日(水)
〜たゆみなく進む〜
とても良い天気だったので、自宅から歩いて約1時間程の練馬区の「いわさきちひろ美術館・東京」に行った。いわさきちひろ美術館はここ東京と長野県の安曇野の2箇所にあり、こちらの方は黒柳徹子さんが館長を務めている。
いわさきちひろは絵本画家で“こども”をテーマに絵を描き続けた。柔らかい水彩画タッチの絵が私は大好きで、全体的に淡いタッチながらも、そこに深い思いを感じることができる。この美術館はかつてちひろが住んでいた自宅の敷地に建っていて、アトリエなども忠実に再現されている。
ちひろの思想的なイデオロギー(主義)は私としてはまったく相容れないが、それはそれとして作品や、書き残した文書などはなかなか興味深く、特に、『大人になること』という一文が非常に印象に残ったので書き写してきた。長文なので一部文末を書き出してみたい。
『大人になること』
「〜少年老いやすく学成りがたしとか。老いても学は成らないかもしれません。でも自分のやりかけたことを一歩ずつたゆみなく進んでいくのが、不思議なことだけれどこの世の生き甲斐なのです。若かったころ、たのしく遊んでいながら、ふと空しさが心をよぎっていくことがありました。親からちゃんと愛されているのに、親たちの小さな欠点が見えてゆるせなかったこともありました。いま私はちょうど逆の立場になって、私の若いときによくにた欠点だらけの息子を愛し、めんどうな夫がたいせつで、半身不随の病気の母にできるだけのことをしたいのです。
これはきっと私が自分の力でこの世をわたっていく大人になったせいだと思うのです。大人というものはどんなに苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人間になることだと思います。」
私は壁に掛かるこの文章の前でかなり長い時間立ち止まってしまった。「自分のやりかけたことを一歩ずつたゆみなく進んでいく」このことをしっかり考えながら、これからも果敢に進んでいきたいと思う。美術館系は結構早く廻ってしまうのだが、ひさしぶりにじっくりとよい時間を過ごすことができた。 |
5月3日(火) 〜投資家に魅力的な“まちづくり”を〜
友人から「今月号の『パームス』に面白い記事があるという話を聞いて、早速新宿の「東京みやざき館KONNE」に行ってもらってきて読んでみた。都城市の持永哲志さんと“村上ファンド”の村上世彰(むらかみよしあき)さんの対談が掲載されていたのだが、なかなか面白いものだった。いままでの単に「宮崎は良いところ」というものから“何が足りないか”が明確に述べられていた。その中に村上さんの
「(宮崎に対して)はっきりいいますが、儲かるなら投資しますが、自分がやりたいものを創り上げようという意欲を持つことが先だと思います。」
という発言があった。確かに村上さんは投資家から預かったお金の利益を最大化するのが仕事であり、彼の発言は当然のことだと思う。これからは税金も大きく増収することは見込めないうえ、国からの補助金や交付金の縮小、福祉関係予算の増大など財政は非常に厳しくなる。そのためにもこれからは自治体も市場から資金を集めることが重要になる。昨年宮崎市が行った「アイビー債」などもその一つであるが、もっと巨額の資金を投資家から集めていくことも不可欠だ。このような動きは既に平成10年(1999)、札幌市と北海道が初めて以来全国の自治体で広まっている。これからは国の財政の見通しが暗い以上、「補助金を持ってくる」といった発想から、「市場にどう信頼されるか」が主眼になってくる。そのためには「客観的に宮崎がどう見られているか」を冷静に分析し、その上での政策を説明した上で投資を呼びかけなければ、資金が集まるはずもない。村上さんのような投資家に、魅力を感じてもらえるようなまちづくりを進めるにはどうすればいいのか、これからはそれを考えていきたい。確かに誇りを持つことはお国自慢が重要なのはいうまでもないが、大消費地からみてどう思われているか、その場しのぎになっていないかなどを“希望的観測”をできうる限り排除して考えていくこと、まずそれが第一歩ではないだろうか。 |
5月2日(月)
〜「ここで生きる人」
のために〜
夕方からの講義に出席するため東京に戻った。非常に収穫も大きかった今回の北陸の旅だった。
富山、高岡、金沢、直江津と広範囲に移動したのだが、このエリアはJR西日本になるため、普通列車の車内でも高校生からおじいちゃんおばあちゃんまで福知山線の事故の話が話題に出ていた。確かに私は今回10回くらいJRに乗る機会があったのだが、すべて遅れた。一度の例外なく、である。逆にいえばいままでいかに厳しいスケジュールで運行してきたかということが分かる。
しかし車内での会話も「でも乗らないわけにはいかないしねぇ・・・」という話で落ち着く。そうなのだ、交通事業は選択肢がないということを極めて重く考えなければならないのだ。例えばレストランや遊園地で100人以上の死者を出したとすれば、その施設はまず営業を継続することは不可能だろう。仮にそうしたとしても経営が立ち行かなくなるのは明白だ。昭和48年(1973)に104名の死者を出した熊本市の大洋デパート火災があったが、結局デパートは再開したものの倒産した例などもそれを如実に表わしている。しかし、JR西日本を破たんさせることはできないし、事故を起こした福知山線すら廃止することはできない。逆にいえば鉄道事業はそれだけの公共性を持つがゆえに責任も高いのだ。にも関わらず新型ATSの設置を待たずに運行開始を模索し大臣の指示で撤回してみたり、乗っていた職員が現場での救助を放棄し出勤してしまうなど、今回のJR西日本の姿勢はおよそその公共性を担う資格のある企業体とはいえない。私は新型ATSの設置のみならず抜本的な速度制限とダイヤ改正が再開には不可欠だと思う。
公共交通は移動の選択肢に乏しい「ここで生きている人」を運んでいる。遠く北陸の地ではあるが、その思いを改めて強くした。 |

JR北陸本線の普通電車
(糸魚川駅にて) |
咲き誇るチューリップ
太陽をイメージした植栽 |
5月1日(日)
〜イベントと産業の
結びつきの重要性〜
石井知事との研修も最終日になり、今日は高岡や砺波(となみ)方面を案内して頂いた。砺波平野といえばチューリップの産地として有名だで、ちょうど「2005 となみチューリップフェア」が開催されていて、案内して頂きながら会場を廻った。
砺波地方は雪が多く米の単作地帯であるので、その裏作として大正時代から試行錯誤しながらチューリップ栽培を行ってきた。そのため砺波地方の人々には単なる“観賞用”ではなく、実際の生活に非常に身近な花なのだそうだ。チューリップフェアは広大な会場に450種100万本のチューリップにより様々な模様などが描かれ、雄大な景色を創り出している。
砺波平野のチューリップは球根を取るのが目的なので、ここまで満開にすることは余りなく、地元の方に聞いてもなかなか見られないそうだ。また会場では地元の子供達による植栽コンクール、球根の予約販売なども行われ、地元の産業に密接に関連したまつりであることを感じた。
宮崎のフラワーフェスタも前身の昭和43年(1968)からもう37年続いているが、残念ながらマンネリ感は否めない。以前は全国にまだ“花”をテーマにしたイベントが少なく、「日本いちばんの春」という言葉も非常に新鮮な印象を受けていた。しかしいまは鹿児島や広島なども大々的に売り出し、全国各地に花のイベントも無数に増えた。例えば北郷町のスイートピーなどを前面に持ってくるなど、もう少し地元との関係などを見直してみると新たな展開ができるだろう、ということをこのチューリップフェアから感じることができた。 |
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